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From Outside to Inside? 紙ジャケの「アウトサイド」。 

大失速の80年代(今思えば、そーでもないじゃない?とも。ex.NYでやったエレファントマンの舞台とか。音楽的にはLet's Danceくらいなのも否めませんが)を潜伏期間とするならば、90年代前後のTin Machineはリハビリ期間とでも位置付けられましょうか。Tin Machine後の一発目が「Black Tie White Noise」。 そのシングルカット第一弾が「Jump They Say」でこれを聴いて、 Bowie is Backを確信した人が多かったと思います。今の奥さんと再婚があったり、 ミックロンスンとの最後のレコーディングだったりといろんなことがあったこのアルバム。次のアルバムはもっと意外な男のとの競演が実現しました。

それがベルリン三部作を共に作り上げたブライアンイーノ。出来上がった作品が 「Outside」。(下記は限定紙ジャケ版)


当時、YMO好きの友人に借りて聞いたのですがその頃は「Ziggy時代好きっ子」だったのでこの路線には少々悩むところも。 ただコンセプト的には彼自身も映画版に出演した「ツインピークス」 を模倣?している場面を見受けられるのでそれ程抵抗があった訳ではなかったと記憶しています。でも今聴いて思うのは、 「95年頃ナインインチネイルズ(NIN)とかのインダストリアルロックを普通に聴いていたのにも関わらず、なんで毛嫌いしていたのか」 ということ。当のNINとは北米ツアーを一緒に周り、キッズ達はNINを聴いて帰るなんて凄まじい光景が繰り返されていたようですが・・・。 この北米ツアーは正式音源や映像作品はありませんが、ネット等の交換で手に入れることが出来ます。NINからBowie Bandに休みなく演奏を引き継いでいく部分が圧巻。NINにボウイさんが加わって「Subterraneans」から始まるのですが鳥肌物です。



これはyoutubeで見つけてきた「Hurt」のデュエット。NINの曲の中でも思い入れの深いこの曲をこーゆー形で見れるとは。因みにHurtのPVは当時渋谷陽一氏が番組で「これは凄い」と誉めていたのをよく覚えています。ちょっと怖いんですけどね・・・。

ボウイがインダストリアルロックをやる事の意義」 を日本では語られていたような気がしますが、まあやりたかったんだからしょうがないとしかいえないかと。 イーノ召喚も良い方向には向いたかと。少なくとも2000年代の数枚の作品よりは優れているのではないでしょうか。

あとこのアルバムの意義で後々大きなウェイトを占める事になるのが、彼が人選したバックのメンバー達。 多くがこのアルバムをサポートするツアーのメンバーとなるのですが、復帰組みのマイクガースン、リーヴスガブスレイを中心として、ゲイル-アン・ドロシーが加わった「Earthling」ツアーこそ、メンバーとしてSpider from MarsやLow~Heroesの頃のバンド以上の存在かと。「Earthling」ツアーは演奏している曲もさることながら、 過去の曲のアレンジが大幅に変えられてこれがいい。ボウイさんの最高のツアーの一つだと思います。日本には来ませんでしたけど。残念ながら。


いいバンドを得たボウイさんは、その手ごたえを感じ「このバンドで作品をつくっちゃえ」 とOutsideのプロジェクトをたった1作でやめちゃった経緯もあるんですけどねぇ。つまりその作品こそが「Earthling」 なんですけど。「Outside」は原題を「1.Outside」で、この作品の続きの物があることが発売当時より言われています。 それを全部うっちゃったんですね。で、今をもってしても一向にその作品群は日の目を見てはいません。「Inside」 なんていう仮タイトル?まで伝わって聞いていましたが。ボウイさんの歴史の中でも前作品が発売されてから新作が発売されるまでの期間としては、 かなり長いスパンが開いている現在の状況ですが、さすがにここで「Inside」とか言われても困りますよ。絶対無いとは言い切れませんが。

今回の日本での独自規格のDavid Bowieバックカタログ紙ジャケ化ですが、「NEVER LET ME DOWN」 にGirls日本語Ver.が加えられていないのがかなり不満だった管理人でございました。そのため未購入です。


bowie.net
http://davidbowie.com/

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